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鈴木佳苗
研究への切符
一橋の門を叩いてから丸一年が経った。2020年に大学を卒業し、就職してから3年間、研究という営みにチャレンジしたいという気持ちは小さく燃え続けていた。大学生のとき、自分にはできっこないと大学院進学をあきらめた。しかしわたしは幸いなことに、好きな仕事をさせていただきながら研究に挑戦できる切符を得た。これが会社員と大学院生という二足の草鞋を始めるにいたったいきさつである。
大学院の入試に合格してからまもなく、指導教員の赤嶺先生から「太地町プロジェクト」に参加してみないか、と声をかけていただいた。恥ずかしながら、わたしはこれまで捕鯨問題について無知であり、プロジェクトメンバーに迷惑をかけないか不安であった。しかし赤嶺先生やゼミ生とともに、インタビュー調査から生活史の記述をおこなう経験は自身の研究の糧になると考え、参加を決めた。プロジェクトリーダー・辛さんの多大なるサポートのもと、なんとか形にすることができた。論文執筆から数年離れ、引用文献の表記など基本的な原則も忘れてしまっていたわたしとの共同執筆を、嫌な顔一つせず親身に助けてくださった辛さんには、なんと感謝を伝えれば良いかわからない。
大学院での生活がスタートし、まず思い出されるのは講義が非常に刺激的であったことだ。なかでも印象に残っているのは、質的調査の手法をまなぶ講義で出された、特定の他者にインタビュー調査をおこなってレポートを執筆するという課題である。自身の研究とは関係のないテーマで良いと聞いたとき、わたしの頭には真っ先に祖父が浮かんだ。祖父は、戦時中に福島県へ疎開したときの貧しかった生活や、戦後上京してからは地方出身者であることで受けた差別的経験、故郷はいまや親族もほとんど住んでおらず過疎化していることなど、よくわたしに聞かせてくれたためである。祖父のライフ・ヒストリーを追うことは、戦後上京して働いた人々の苦悩や葛藤、また故郷への複雑な思いを浮かび上がらせると考え、テーマを決めた。レポート執筆にあたっては、祖父が生きた地域に関する資料や先行研究にあたりながらインタビュー調査を実施した。国語の高校教員で文章には厳しい祖父にレポートを送るのは正直気が引けたが、「じっくり読んだ。立派になったな」と返事をくれた。大学院への進学を決心したさい、自身に約束した「納得のいく修士論文を書きあげる」という目標に打ちひしがれることもあるが、祖父の言葉が背中を押してくれるおかげで、今日まで続けられているように思う。
今年度提出予定の修士論文は、フィリピン・マニラに居住するイスラム教徒の食に関する研究を構想している。大学在学中、フィリピンのDe La Salle大学へ交換留学したさい、フィリピン南部では歴史的にイスラームが繁栄したことや、1970年代より長期にわたってイスラーム分離独立運動が展開されてきたこと、南部のイスラム教徒居住地域は相対的に貧困であることなどを知った。キリスト教徒である学生たちがこれらの問題について熱心に議論するさまに感銘を受けたことが、本研究を構想した一つのきっかけである。2023年度にはマニラに二度赴き、フィリピン人イスラム教徒の人々が、どのような食事をハラールとみなしているのか、都市生活のなかでラマダンに代表される宗教実践をどのようにおこなっているのか、フィールドワーク調査を実施した。今後は他国のハラールに関する先行研究や、食の観点から社会関係に着目する研究などを丁寧に確認しながら、フィリピンというフィールドだからこそ見出せる視点を模索したい。
研究に挑戦できる切符は、職場の方々、教員の方々やゼミの仲間、調査に協力してくださる方々、家族など、多くの人の支えによって得ることができた。手にした切符への感謝を忘れずに、いまのわたしのベストを尽くした修士論文を書き上げたい。
参考文献
鈴木佳苗・辛承理, 2023,「あ〜腹ラーセンや」,赤嶺淳編,『クジラのまち 太地を語る──移民、ゴンドウ、南氷洋』,英明企画編集,106-127頁。
KIWA(きわ)Vol.1, No.1