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金定潤

ゆっくり、でも着実に

2019年1月のある日、大学院に入る前の私は、いつものように日本語学校の授業を終えて、昼ごはんを食べるため、渋谷の街をうろついていた。その時、チラシを配りながら、新しくオープンした店の宣伝をしている人と目が合った。お店の人は一人でも気軽に焼き肉ができる、日本でも珍しいお店であると話していた。大学院進学を前に、自分の研究について色々考えていた私は、研究の素材になると思い、その店で食事をすることにした。

今でもそうであるが、私の研究の根幹にあるのは、「日本の文化」と称されるものと、その背景となる「日本社会」を深掘りすること、もっと広くいえば、「異国」の文化と社会を探究することである。そのため、日本に住んでいる私にとって、日常生活は研究の素材に富んでいる。言葉や行動、社会のシステムなど、ある国において当たり前である日常のものを、外部の人からの視点で書き直すことに魅力を感じているのである。

その中で、私が特に興味を持っているのは、冒頭でも述べたように、外食において一人で食事をすることである。私は元々一人で行動することが好きで、韓国に住んでいた時から一人で外食をすることも多かった。しかし、韓国には二人前から注文を受けるなど、一人で食事ができない店も多く、一人外食に限界があると感じていた。そして、2014年、語学留学で日本に暮らした際、韓国より一人で外食できる店が多いということに気づいた。また、日本人の友達からも、韓国に一人で旅行に行った時、一人前の食事が頼めない店が多くて困っていたという話を聞くことがあった。韓国でも日本は一人旅行者の天国だと言われることがあり、薄々と知っていたものを、暮らしの中での実感できたのである。

しかし、大事なことは、この素材をどのように研究に組み込むのかである。同じ素材でも見方や調査方法によっては、まったく違う研究になりうるからだ。そこで、修士課程の研究で軸として選んだのが、人々の「考え方」と一人外食の関係であった。一人外食のシステムがなりたつのは、それを支える人々がいるからで、一人外食に対する人々の「考え方」を見ることで、一人外食のシステムが発達した理由を明らかにできると考えた。

ところが、2020年初頭からのコロナの感染拡⼤によって、対面での調査が難しくなり、韓国への往来もできない状況が続いた。そのため、調査地を日本だけに絞り、文献だけでの研究に切り替えることになった。日本人の「考え方」に関する従来の研究を軸として、一人外食という現象を照らし合わせようと試みたのである。実際の現状に目をむくことができず、文献だけで論を立てることには限界があり、当初思ったものとは程遠くなったが、それが当時の自分にできる最善であった。

その後、博士課程に進み、修士論文を振り返ってみると、反省点が多く見えた。まず課題として浮上したのは、「考え方」を一元化して捉えてしまったことである。私の研究では、日本人全体に共通する価値観や考え方があることを前提に、「集団主義」と「個人主義」が混在していることを日本人の特徴とした。しかし、日本人といっても、住んでいる地域や育てられた家庭環境などによって様々で、ひとくくりにできないのが現実である。心理学者である髙野陽太郎は、著書『日本人論の危険なあやまち——文化ステレオタイプの誘惑と罠」において、実証的な研究を通して「集団主義」と言われる従来の日本人論に異議を唱え、文化のステレオタイプやイメージによる判断の問題点を指摘したが、私はまさにそのようなバイアスに取りつかれていたのである。

また、人々の「考え方」と外食のシステムを結びつけようとする試みも荒いものであった。確かに、最初から一人で食事をする人のニーズに合わせたお店のシステムには、一人外食に対する人々の「考え方」が関係していると予想できる。しかし、外食のシステム全体を通してみると、そのようなお店は多くない。一人でも食事しやすい外食のシステムがあるとしても、それが必ず一人で食事をする人々のニーズを反映してできたものとは考えられない。一人で食事しやすい形で外食のシステムが発展したのではなく、外食のシステムがたまたま一人でも食事しやすい形になっているともいえるのである。

このような課題に悩まされながら、私は今研究を続けている。まだこれっといった成果をあげられないままであるが、焦らずにできることを少しずつやっていきたい。まず、頭の中で推測し、論を立てるだけではなく、それを実証できる方法を探すことから始めようと思う。「初心忘れるべからず」というが、研究の素材を探して街をうろついていた、大学院入学前の時のように、積極的に行動したい。一人前の研究者になるための道のりが、決して楽なことではなく、多くの時間と努力を要するものであることは知っている。「Slow but steady」ということわざのように、ゆっくりではあるが、一歩一歩、着実に積み重ねていけば、いい結果が得られると自分を信じて前に進みたい。

KIWA(きわ)Vol.1, No.1

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